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おいどんの日記ブログ

ブログと言うよりただの日記

ファンになるという事

誰かのファンになるって、どう言う心のシステムなんだろう。人はどうして誰かのファンになるんだろう。単純に言えば「好き」になるから?でもその「好き」の度合いや形は人それぞれに違うよね。

歌が良いから。声が良いから。曲が良いから。詞が良いから。顔が好きだから。かっこいいから。かわいいから。美しいから。綺麗だから。面白いから。強いから。正直だから。ざわざわざわざわ……
限りなく無数の理由で人は誰かのファンになる。

寝ても醒めても頭の中を浸食される程に夢中になる人。日常の音の全てをかき消すくらい誰かの歌や曲にまみれて過ごす人。誰かの繰り出す言葉やネタの面白さに何度も笑わかされる人。綴られた詞の世界に自分を重ねて心を揺さぶられる人。誰かが描く色とりどりの美しい絵を見て癒やされる人。想い重ねて恋い焦がれてしまう人。言い足りないけど、ファンの数だけファンの在りようがあるのだと思う。

誰かが自分を表現したものに対して、その表現を見た人達が感動したり賛同したり尊敬したりして「ファン」が出来るんだと思うけど、そもそも表現者は自分がやりたい事(=自分の夢)を一心不乱にやっているのだから、誰かの為に表現者になったワケじゃないと思う。あ、始めたきっかけや特定の誰かを励ます為にって言う理由はここではちょっと置いといて。そんな表現者側の人達にとって、自分を支持して応援してくれるはずのファン。だけどここ数年、SNSのせいで、そのファンの存在に表現者の人達は悩まされている気がする。と言っても、ごく一部のファンだけど。

SNSはとても便利で楽しいツールだと思う。
だけど反面、とても大事な最後の砦の様な部分をぶち壊してしまっている気がしてしまう。人として大切な「適度な距離感」がなくなってきている気がする。憧れの人にリプを送る。それは別に問題ないと思う。だけどそのリプの内容が、相手に何かを要求したり強制したりする、圧のかかったものではダメでしょう?怖いよ!だって向こうはこちらの事を1mmも知らないんだから。ただ、ファンだと言う事しか情報がないのに、自分の勝手な欲求を満たすかの様な事をリプする。これがどんなに気色悪い事か想像したらわかると思うのに。

大好きな人達のツイートやブログなどが更新されると、それだけでも嬉しいのに、それがファンに対する感謝の言葉だったりすると、もう心底この人達のファンで良かったとじんわりする。
まったくの予想外にリプが返ってきたりしたら、わざわざ丁寧に返してくれたんだ(感涙)って思う。
返って来て当たり前だと思っている人がいるって事が不思議でならない。しかも、相手に直接「なんでリプを返してくれないんですか?!」とか送っちゃうとか。誠心誠意、ファンに向き合っている人達に対して「塩対応」とか言えちゃうんだろうか。

こんなに好きなんだから!こんなに応援してるんだから!って言う「してやってる感」のファンにだけはなりたくない。
ファンをこじらせて、ネガティブなファナティックにだけは絶対にならない。