おいどんの日記ブログ

ブログと言うよりただの日記

ふわりと抜ける

この間日記を書きながら、前に見たテレビ番組の事を思い出した。その中のある話題でハッとする内容があった。
『嫌われる勇気』ってやつ。

数年前に今の仕事を始めてから、良い仕事仲間が出来た。
でもいつからかはわからないけど、その仲間の輪の中の居心地が良くない事に気付いてしまった。別に嫌いになったわけじゃないし、何か意地悪されたわけでもない。
プライベートでご飯行ったり、飲みに行って朝方まで過ごしたりしていた事が楽しくなくなった。と言うより苦になっていた。楽しくはある、だけど心からではない。でも誘われれば、みんなの事は好きだし一緒に過ごしていた。

その当時の私には、会社の人間関係が全てと言っていいくらい、【自分の世界グラフ】の大半を占めていたように思う。そりゃそうだろうね。子供産んで育てながら社会へ復帰して働き始めた自分の居場所は、ほぼ会社と言う事になるんだから。その居場所の輪の中から出るなんて、孤立するのが目に見えてる。それが当時の私には恐ろしかったんだろう。
だから居心地が悪くても輪の中に入っていた。

人って(特に女)残酷で、どんなに仲良さそうに群れていても、その場に居ない人の事を話しだす。それが楽しい話題であればいいけど、ほとんどがその場に居ない『仲良さげ』な人の陰口的な話題になる時がある。自分は女だから、女特有のその陰口システムを充分知っている。知っているし、そのシステムが嫌いだから、自分は輪の中の人の陰口的な事を一切話さない。と言うより言う必要もなかったし。
だけど気付いてしまった。いつからか感じていた輪の中の居心地の悪さは、私に対する陰口システムが働いていたからだと言う事に。
ハッキリと自分の陰口を聞いた訳ではない。が、私が輪に入る瞬間に変わる空気と急に変わる話題と明るくなるテンション、私が仕事の事で何かを聞いた時に、〇〇には言ってもわからないでしょ?と言う感じ。だけど誰も意地悪をしたり無視したりとかいうのは全然ない。普通に話して笑い話もする。
ただ、私はその輪の中に居ても居なくてもいい『仕事関係の人間』なんだと感じ始めた。そうわかった後も一緒に過ごしていたその時期は、顔で笑って心で泣くと言う意味が痛いほどわかった。

そんな中、体調大ピンチで自宅療養と休職を余儀なくされて、日々じーっと自分の心の中を覗き込んでいた。居心地が悪いと感じていたその居場所から離れてみて思った事。

『1人って素晴らしく楽だなぁー』だった。

自分の大好きな音楽や趣味や行動や家族の話をした時、それを聞いた相手が大して共感する事が出来なくても、
「へぇー、そうなんだー。」とかわしてくれればいいものを、わざわざ
「あんなのが好きなの?」
とか刺々しく言葉を吐いてクソミソに言う人がたまにいる。それがまさに居心地の悪い輪の中に。

『1人って楽ちん』だと気付いてからは、冷蔵庫に入れてた硬いキャラメルが、室温でゆ~っくり軟らかくなるみたいに、凝り固まった自分の頭の中が柔らかく考え始めた。
私の事を理解してもらえなくていい。私の大事な心の中の情報は、私から発信しない。私はずっとあの輪の中に居なくてもいい。
自分の良きタイミングでふわりと抜ければいいし、私の居場所は別にちゃんとある。好きな音楽や趣味や家族の話とかを、心の底から楽しく話せる場所や友人がいる。会社は働きに行く所で、心の拠り所とは違うのだ!と。

それからは、仕事の休憩中一緒にいるからって感じで何となく誘われていたプライベートの飲みも当たり障りない理由(そもそも家庭の事情で、夜出掛けるとなれば子を母に預かってもらわなければならず、そうしてまで飲みに行きたいと思わない)で断れるようになって、休み時間も一緒に過ごしたり過ごさなかったり。仕事上、そうしやすい環境なのも幸いだったかもしれない。
まだたまにチクリと刺さったりカッチーン!とくる出来事があったりもするけど、そう思っているのは実は私だけじゃないって事が最近わかって、私の勝手な思い込みじゃなかったんだ!と、心がスーッとした。

あの日、キリショー目当てのテレビでたまたま見た『嫌われる勇気』。私のとっている行動が間違いじゃなかったんだと嬉しかった。
これからもふわりと生きて行きたいな。