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おいどんの日記ブログ

ブログと言うよりただの日記

難問

気付かない間に、子が書いた手紙がテーブルにそっと置いてあった。
いつもの色とりどりのカラーペンではなく、芯の薄いシャーペンで書いてある、たった10行の手紙。
その10行の中の1文には、

「再こんしてほしいな!」

なんて重たい手紙だろう…。今まで生きてきて、色んな手紙をもらってきたけど、人生の中で1番重い手紙。

これは今までにも、子から質問されて来た難問中の難問。その都度、きちんと子に向き合って質問に答えて来た。だけど今回は内容が複雑だ。経済問題まで絡んでいる。年齢が上がると、出される問題もレベルが上がるんだな。

もう答えは出ているんだけど、子は納得してくれない…と言うよりまだ理解は出来ないだろうな。
小学校のお勉強の答えとは、かけ離れたお勉強の答えだから、ちゃんとわかる様にこの難問を解いてあげなきゃいけないな。

凹んで澱んで立ち直る

子を叱る。ひとつ解決してはまた別の問題勃発で叱る。自分がヒステリーなのか?と思ってしまうぐらい。子は私を叱らせるプロフェッショナルだ。

私の子供時代、門限なんて1分でも遅れようものなら家には入れなかったし、それが当たり前だった。だって我が家のルールだったから。母がとても厳しくて、門限は勿論、あいさつ・箸の持ち方・親に対する口の利き方など徹底していた。だからと言って恐怖政治ではなく、ビシッと締めるときは締め、楽しい時は心の底から楽しみ大声で笑う。笑いの絶えない家だったし、今でもそう。
私と弟の事を(お父さん、ごめんけど、お父さんは二の次だと思うよ…)この世で一番愛を持って育ててくれた人なので、厳しかろうが恐ろしかろうが、この世で一番尊敬するのは母なのだ。

じゃあ私はどうだろう?私の母がしてくれていたメリハリのある育て方が出来ているかな?子に尊敬される様な母親だろうか。
この世で一番愛するのは子で、子に何かの危機があれば、迷わず子に代わって危機を受けるし、命に関わる事があれば、私の命は子にあげる。
親の心はそうだけど、子はどうだろう?この子に私の愛情は伝わっているのかな?ただ「養っている存在」とかではないのかな。衣食住の世話をする為の存在なんじゃないのかな。
子を叱る時、いっつも泣きそうになる。元々が喜怒哀楽に涙がつく面倒くさい性格なのはあるけど、言いたくない事を言わなきゃならない事に堪らなくなる。いつも笑い合っていたいのに。
ズドーンと重たくなるこの心と、どう向き合えばいいのかな。嫌われてもいいから、親の愛情だけは感じていてくれたらいいけど、今はまだ何もわからないんだろうな。まだまだきっと、親の試練はこんなもんじゃないんだろう。壮絶な反抗期とかで、子から出て行かれてそのまま疎遠に…ってパターンとかになるかもしれないし、親から自立出来ずにずーっと側にいる様なパターンかもしれない。
心も体も元気で健康で生きていてくれたらそれだけでいいんだけど、でもね、こんなに言いたくない事を何度も言うのは本当に辛いんだよ。本当に大好きなんだよ。あんたが居ない人生なんてもう有り得ないんだよ。お母さんはあんたを産んで育てる為にこの世に生まれて来たって思う時が沢山あるよ。やばい、また泣いてしまう。鼻出てきちゃったよ。

反抗しようが罵ろうが何でもいいよ。お願いだから届いていて欲しい。愛を持って叱っている事を。
ただ頭ごなしにグチャグチャ言っている訳じゃない事を。
今はまだわからなくても、いつか必ず。

親になったから買った物

これから先に、もうあれを買う事も使う事もないけれど、親や兄弟や友人や恋人という、目に見える存在以外の者への初めての買い物。それは忘れもしない「腹帯」だった。

妊娠してお腹が目立ち始めて、だんだんと母になる実感が湧きはじめた頃、お腹を冷やさない為に腹巻きがわりの腹帯を買った。めちゃくちゃ地味でオシャレさの欠片もない腹帯を、

こっちの方がより冷えにくいのかな?でもお値段がなぁー…。このサイズは窮屈そうだなぁ。

などとメチャクチャ思案して、まだ顔も姿も見えないお腹の中の子の為に買い物をした。
たとえ私がお腹を冷やしてしまっても、お腹の子まで冷えさせない様に。
自分の為の買い物の様でいて、実は子の為の買い物だった。親になるってこういう事なんだな…って思いながら迎えた出産の瞬間。産まれてきた我が子は、何とも言えない産声をあげて、大量の胎脂に覆われてやって来た。

「胎脂がいっぱいって事は、お腹の中が寒かったから胎脂で守ってたんだね」                         
凄腕助産師さんの言葉に、
え?あの腹帯の努力は??
無駄な努力だったのかと、ちょっとしょんぼりしたけど、子の持つ生命力に感動した。

自分の中に心臓が二つあった時代の幸せな買い物の思い出に、この日記を書きながら浸っている。                       

それどこ大賞「買い物」

もう消灯時間だからおやすみなさい。と言う命令

最近、寝落ちが激しくて損した気分になっている。やらなきゃならない事、やりたい事、それを押し退けて睡魔が勝つ。寝るのはいい事だけど、睡眠の質が悪すぎる。フローリングに死体のように転がってる様は、ちゃんと睡眠をとっているとはとても言えない。かろうじてソファーとかの上で寝落ちするならまだマシだけど、完全に海岸に打ち上げられた何かの様な有り様だから自分に腹が立つ。

亡くなられた水木しげる先生は、「睡眠こそ宝」だと仰られていた。人間の脳は寝ている間に、その日あった出来事や学んだ事を整理し、インプットする大事な作業をしているらしい。傷付いた細胞の修復などもしているらしく、睡眠は本当に大切な人間の欲求なんだと思う。
寝る事が好き。だけど夜通し起きているのも好き。困った事にどっちも全く半々の割合で。
仮にうたた寝してしまっても、朝までそのままと言う事はなく、夜中にパチッと目覚め、うたた寝の間に出来なかった事をする。だけど最近は夜中にすら目覚められず、朝方を迎えてしまっている。

私のストレスの野郎は、コソコソと気配を消して忍び込む。だから気付かない内にボッコボコのめった打ちにされている事が多いのだ。なのでここ最近の寝落ちは、ストレスから来る疲労のサインの様な気がしてきた。体が強制的に脳をシャットダウンさせているんだと思う。今週は休日出勤が決まっていて、しかもその休日出勤は自分の仕事は一切出来ず、違う部署での仕事をするのだ。自分の仕事も捗っていないのに…憂鬱でしかない。しかも最近出来た楽しみの1つ、リアタイで【#スーパーロイヤルトッチントッチン】とツイートする事も恐らく出来ない。せっかくの休日の楽しみが!!

頼むから、休日出勤した日の夜中はシャットダウンさせないでー!夜更ししてやりたい事がいっぱいあるから!夜更しさせてーっ、私の脳!!次の日はちゃんと眠るから!

えくぼ

ふと、どこからか流れていたネット上のとある話に思いを巡らせている。それは、えくぼにまつわる中国での言い伝えについて。


中国では人は死後、冥界と呼ばれる世界へ逝くのだと言う。そこには「忘川河」という河があり、その河には橋がかかっているそうで。その橋には番人がおり、橋を通り過ぎる者に「忘情水」なるものを飲ませ、その者の生前の全ての記憶を消す。こうして全てを空っぽにして人は転生するのだそう。
たけど、中には「忘情水」を飲む事を拒み、生前の記憶を消さない事を選ぶ者がいる。その者には、番人が印を残さなくてはならない。その印こそ「えくぼ」なんだとか。印を付けられた者は、「忘川河」への身投げを選ばされ、凍るような冷たい河の中で、千年もの長きに渡り輪廻を待つ。
そして転生後、千年守り抜いた前世の記憶と、記憶を持っている印である「えくぼ」をつけられ、前世で愛していた人を探すのだと言う。

この話を読んだ時、
えっ、なーんにも覚えてないけどな??
って思った。ポカーンって感じで。
そう。私にはえくぼがある。がっつり深いえくぼが。
千年もの間、苦しくて孤独で辛い、拷問みたいな事を選んでまで忘れたくなかった何かがあるの?誰の事?そんなに大切な人がいたの?さっぱり覚えてないんだけど。
とてもロマンティックな言い伝え。と、その反面、とてつもない恐怖を感じてしまう。
千年もの間、耐え続けて守り抜きたかった前世の記憶が、決して愛とか恋とか友情とか絆だとは限らないと思う。「末代まで祟ってやる」的な、「この怨み晴らさずになるものか」的な、何かに対する凄まじい執念で千年を耐える事だってあるんじゃないだろうか。前世で晴らせなかった無念を、来世で晴らす一心で。

もし、この中国の言い伝えが本当ならば、私のえくぼは何の刻印なんだろうか。愛なのか、憎しみなのか。千年も冷たい水の中で、私はどんな記憶を守って耐えていたのだろう。辛くても苦しくても、決して失いたくなかった記憶。
知りたいけれど、きっと知らない方が幸せなのかもしれない。

私に前世があるのなら、転生した今の私は、自分の人生をちゃんと生きていけているかな?

前世の私、千年を耐え抜いた甲斐はある?

体内スコア

子があゆみを持って帰って来たけれど、通知表をもらってくるのは子だけじゃないのだ。私にも来た。体の通知表が。健康診断の結果が来たのだ。怖ぇぇーーっ!

去年より体重増えちゃってるし、不摂生な方だからおっかないなぁ…。ビクビクしながら結果を見たら
意外や意外!ここ数年で1番良い結果ですごく拍子抜けしてしまった。肥えたと悩んでいたのに、体重は去年の同じ時期、ちょうど今の体重だったようで変わらず、何もかもが正常範囲内。

謎だ。何でだろう。この数年で1番良い状態…今までと変わった事と言えば……
あっ!!!お茶だーっ!!あのお茶飲み始めたからだ!それしか考えられない。食べる量も変わらず、ちゃんとした運動はしていないし。腹筋とか始めたのはそんなに前からじゃないし。
やっぱりすごい…やっぱり私の体に合うんだなぁ。
私の体の汚いものを、ちゃんと排毒してくれていたんだ。

煎じるのが面倒くさかったりするけど、ちゃんとこれからも続けよう!顔面は整形しなきゃ綺麗になれないけど、体内はキレイに出来るんだなー。
楽しく笑って生きて行くには健康じゃなきゃダメだもんなぁ。
何か嬉しい通知表もらった気がする。今日もまたグツグツ煎じようっと!

色褪せてゆくもの

日記をつけようとしても、書きたい事が山盛りなのに何も書けず。大変な出来事が同時進行で頭も心もぐらぐらだった毎日。1週間以上かかってやっと今、日記をつけられる。
本当なら、9月25日の自分の記憶が遠ざかる前に書きたかったけど無理だった。日常と夢の様な現実がごちゃごちゃになって絡み合って解けずにいたものが、だんだんするりと解け始めたので日記をつける。


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'16.9.25 am9:54

駅のホームで電車を待つ。不思議なくらい緊張しない。自分ではあり得ないほどの平常心。電車の中でする事を色々考える。本当に直前でイベント参加の準備をしたから、左手しか塗れていない小汚いネイル。人が少なかったら右手を電車で塗ろう。お手紙を書いていない。下書きだけでも電車で書こう。そんな事を考えていると、

「あのぅ…」

後ろから顔をのぞき込まれる様に声を掛けられた。後ろに人が居た事すらわからなかったから驚いてそちらを見ると、

「FCツアーに行かれる方ですか?」

「えっ…はい(何でわかったの???)」

「背中のタミヤがチラっと見えたので、もしかしたらと思って声を掛けてしまいました 笑」

黒いタミヤのTシャツだと、向こうに行くまでは目立つので、カーデを羽織って前を隠し、背中はリュックで見えないと思っていた。が、どうやらロゴが透けて、背負ったリュックから僅かに見えていたらしい。声を掛けて下さったその人は、パーカーの下に同じくタミヤを着ていた。
ちょうどそのやりとりのタイミングで電車がホームに流れ込んで来た。その方と少しの会話をしながら電車に乗り込む。
指定席を取っておいてよかった!思いの外、乗客が多くて、その時点で右手のネイルは断念する。
お隣はご婦人が先に座っておいでで、窓際の私はすいません💧と前を失礼して座席へ。せっかくの窓際なのに、ご婦人がカーテンを閉めておられた為、『脳内世界の車窓から』ごっこは出来ずしょぼくれる。ネイルは塗れぬが文字は書ける!そう思って書こうとしたが、ご婦人の視線が乱反射の様に私に降り注ぐ。やむなくメモ帳を取り出し、どっかの記者ばりのコソコソ感満載に、何とかお手紙の下書きはしたけど、走り書き過ぎて後で読めるか心配になるくらいの象形文字でまたしょぼくれる。
まだ緊張しない。これはタダ事じゃない。こんなのいつもの私じゃない。その辺に買物行ってるくらいの普通感。色んな人達のTLを眺めても平常心。どうしたと?うち。
そうこうしてる間に無事に博多駅に運ばれた私。


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'16.9.25 am11:39


まず先に家族や相方さんへお土産を買う。お昼だけど、ご飯を食べるよりも、とにかくお手紙を完成させる事で頭がいっぱいだったから、お手紙が書けそうなスポットを求めて博多駅のあちらこちらを徘徊する。ちょうどお昼時で、どこもかしこも人が店からはみ出ている。ひとしきり探して、某カーネルさんの所に空きを見つけ、迷惑にもシェイクだけを頼み、店の隅っこにコソコソ座る。電車内で書きなぐった象形文字の解読に何とか成功し、無事にお手紙を完成させた。
お土産のデカイ荷物をロッカーへ入れようと、ロッカーを探す。が!すべてのロッカーが使用中!!
色んな場所のロッカーへ行くも全滅。最悪だ……こんな荷物持ってライブへ行くのなんてクソ恥ずかしい。でも時間が迫っていたので仕方なく手荷物ずっしりのまま、タクシーを拾い福岡サンパレスへ。
とうとうこの日が来たんだ。ゴールデンボンバー・FC限定ライブ&握手会に参戦する日が。

タクシー内で羽織っていたカーデを脱ぎ、やっと蒸し暑さから開放され、堂々とタミヤだけで過ごせる時が来た。サンパレスに着きタクシーを降りると、会場周辺の至る所に散らばっていたり、集まったりしている色んな人達。この人達すべてが同じ時間を共有するんだなぁ。そう思いながら、自分が参加する2部の本人確認の列が出来るのを待つ。先に行なわれる1部の人達の認証列は並び終わり、自分が握手を希望するメンバーの列に分かれていた。
先に来ていた私の頼りの相方(←この日は参戦出来ず)の友人さんとツイッターでやりとりしながら、黙々とただただ列に並び順番を待つ。

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'16.9.25 pm 14:54

認証も無事に終え、その後すぐ物販列に並び、自分・子・相方さんの分をそれぞれ無事に購入。上の写真はその直後、ぼんやりと周りを見渡していた時のもの。そしていよいよ握手の列へ並ぶ時が来た。
握手する直前にスタッフさんが回収してしまうので、列に並んでいる最中慌てて撮ったリストバンド。握手会2部はピンク、1部の方々はブルーだったみたい。スタッフさん、なぜか逆にバンドつけちゃってる…。


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'16.9.25 pm 15:44

小雨が降ったり止んだりの中、じっと並ぶ。傘は持って来なかったから、仕方なくグッズタオルを頭に乗せてほんの気持ち程度に雨をしのぐ。小雨と湿度でベタベタになり、ただでさえ残念な出来の私は更に残念なルックスに…。それより、もう握手の列に並んでいるのに、まだ緊張してこない自分に疑問を感じ始める。本当にどうしたんだ?とうとう屋内へ列が流れ会場内へ。舞台上に作られたメンバーそれぞれの真っ白い握手ブースが見える。少しずつ、確実に列が流れる。つけておいた方がスムーズに会話出来ると聞いて、用意してきたお手製の名札をつける。周りの人達を見て、あの人綺麗だなぁ~、スタイルいいなぁ~、すごい緊張してるなぁ~。
いやいや、まるで他人事!!自分おかしいって!もう握手するんだよ?!メンバーの声がブースから漏れ聞こえるのを聞いて笑ってる場合じゃないよ?
あり得ないくらい緊張しない自分に、一瞬浮かんだ事。

もしかして、私ってもう熱が冷めてるのかな……


だって緊張しぃの私なら、アガり過ぎて歯がカチカチカチカチ音を立てるくらい口が震え出して、手で顎を押さえて震えを止めてなきゃいけないのに。
冷めてるなんて事はないはずのに…そう考えている間に、次は自分の番になっていた。私の目の前の白いブースの中にその人は居る。スタッフさんが段取り良くピンクのリストバンドをはさみで切る。しばらくして、スタッフさんが目の前のカーテンを開けて、中へどうぞと言った。



なぜ私があんなに緊張しなかったのか、やっと理由がわかった。私は信じていなかったんだ。今日のこの日のこの瞬間が来るなんて。私が感謝の言葉をその人へ直接伝える事が出来るなんて。無意識に夢の中にいる感覚で過ごしていたから、現実とは感じずに並んでいられたんだ。
だけどカーテンの向こうへ入って、パチッと夢から醒めた。その人は静かにそこに立って居て、

「こんにちは。」

と言葉を発した。その状況に私の脳みそが数秒フリーズしてしまい、その人の顔を、目を、ジィーッと見入ってしまった。言葉も感覚も何もなく、頭の中が真っ白の状態。そして数秒かかって理解した。

『あぁ キリショーだ まぶしいなぁ 』

丁寧に握られた手から、来てくれた人に対して平等に握手しようとしている心が伝わる。
だけど茫然として思考が止っていて、知る限りの言葉すべてを失っている。最大級の緊張が一瞬にして私を襲って来て、脳が液体窒素に漬けられたみたいに固まってしまった。

「今日はありがとうね」

私に向けて掛けられた言葉に、一瞬脳が働いて何とか出た言葉は、握手会をしてくれた事に対する感謝の言葉だった。本当に精一杯絞り出せた言葉。
1番伝えたかった言葉なんてどこへやら。ただだだ、ありがとうを口にした。心から頭の中から精一杯の。終始穏やかで静かな数十秒。その間の細かな事はあえて書かない。1番伝えたかった事は伝えられなかったけれど、その刹那、心底思った。

鬼龍院翔のファンで本当によかった。と。

会話と言えるような時間はなかったのに、何でそう思ったのかは今でもわからない。ただ、目の前に居るこの眩しい人の生み出す物に、心を揺さぶられ続けていると言う事を、瞬発的に自覚したからなのかもしれない。

私の脳みそは良い働きをして自分を守ってくれたようだ。もし通常の私なら、きっと随分前の段階から緊張しすぎて、感情的になり過ぎて泣いていただろう。震えて歯をカチカチ言わせ、まともな滑舌では話せていなかっただろう。
私の中の冷静担当が、精神の自己防衛の為、全ての五感をフラットな状態にさせてからこの日を迎えさせたのかも。
こうして私は、無事に未知の世界を体験した。

夜のライブまでは時間がある。会場周辺を見渡せる高い所で座って待つ。お腹空きませんか?コンビニへ行きますけど大丈夫ですか?と、相方さんのご友人からのツイートが。カロリーメイトがあるんで大丈夫です!ありがとうございます!とリプをする。
お腹は空いている。だけど1人きりで自分を取り戻す時間が欲しかった。福岡の空を流れる雲をぼんやり眺めて、黄昏時を過ごしていた。

どこの誰ともわからないこんな奴の、汗でただれた顔面から目を逸らさず、小雨の湿度でベタつく手や腕を掴んでくれて、ありがとうと言ってくれた。
ただファンであると言うだけで。
嫌な事も沢山あるだろうしあっただろう。いつも矢面に立って、バンドを続けて来てくれた。そのおかげで私はゴールデンボンバーを、鬼龍院翔を知ってファンになれた。頭が真っ白になって、伝えたかった言葉は直接言えなかったけど、お手紙を書いておいて良かった。いつか読んでもらえます様に。

いよいよ開場し、みんな整然と並ぶ。今日という1日の締めくくりだ。今日のライブはファン投票で選ばれた曲が歌われる。もうワクワクしかない。
入場して自分の席へ。両隣は女性だったので安心した。特に右隣の方とはライブ中、ちょこちょこ話せたので、短い時間だったけど楽しく過ごせて良かったなぁ。ライブ中、いつもヘドバンは控えめなのに、この日は首が取れる勢いで振ってしまった。多分、いつも隣で一緒に参戦する子が居なかったからだろうか。「母」の私ではなく「個」としての私になっていたからかもしれない。そんな意味でも貴重な体験だったとしみじみ感じる。

ライブ参戦を終えて会場を出ると、もう夜だった。
同じ時間を共有した人達がわらわらと溢れる中、タクシーを拾い駅へ。夢の様な、でも確かな現実だった場所を後にしながらも、名残り惜しくてタクシーの中から余韻を切り撮った。

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'16.9.25 pm21:41


体中に残る余韻と疲れを纏い、コンビニで買ったサンドイッチ達をお供にホームへ。

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'16.9.25 pm22:17


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'16.9.25 pm22:19


ホームに人はまばらで、誰も座っていない方の少し離れたホームのベンチに座り、もしゃもしゃとサンドイッチを食べ、野菜ジュースをチューチュー飲む。少し満たされた食欲と、無事にこの日を終えられた安堵感で一気にリラックスする。1日中立ち疲れて、より一層丸太感を増した両足を投げ出して電車を待つ。
今日来られたのも、母や子のお陰だった。本当に感謝しています。行かせてくれてありがとう。
そして、行けるようにしてくれた何かにも感謝。


時間が経てば、思い出は確実に色褪せてゆく。
だけど、色は褪せても一生消えない。心の中にずっと生きてゆく。そしてこれからもまだまだ見続けていきたい。
ゴールデンボンバーのファンにさせてくれてありがとう。


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'16.9.25 pm22:22

感情が迷路で迷子

とうとう明日が来てしまう。不安とワクワクをグツグツ煮ながら待ちに待っていた、私にとって下半期の大イベント前夜だ。

…が。

今日まで、時化も大時化、日常が大波に飲まれるような恐怖に見舞われていた。
前向きの方向へオールを漕ぐ私と、後向きに漕ぐ私。その後者の方がガンガン主張し始める。
そんな大イベントを、私なんかが体験できる筈がない。子が熱を出すとか何かで土壇場で行けなくなるとか、何かあるんじゃない?…とかそんな風に、行けなかった時のショックに備えて心に保険をかける。
そんなご褒美もらえるくらい、頑張ってないでしょうに。…とかメチャクチャに自分で自分を脅かす。だけどその脅しが現実になろうとしていた。

もともと原因不明の病をもつ家族が体調を崩し、何か命を脅かす別の病を発症したのか、入院するかどうか、診断の結果と決断をここ数日の間突き付けられていたから、もう明日の事など無いものになっていた。
本当に幸せな事に、状況は好転し始め、おそらくこの状態が続けば大丈夫だろうと言う所まできた。
少し安堵したのか、この数日気付かない内に心身共に疲れていた様で、一気に具合が悪くなってしまった。と言っても寝不足から来たであろう片頭痛と異常な疲労感と意地悪な眠気だけど。とにかくホッとしたのだ。すると、日曜は何時に行くんだっけ?と聞かれ、ん??何が?と把握出来なかったけど、まさかイベントの事?!行けんやろう!と返した私に、
あんた以外誰も家にいないわけじゃないし、もう大丈夫やけん行っておいで。
そう言われて戸惑った。だってやっぱり心配だし。だけど反面、もう二度とない機会で、本当にこの数ヶ月待ち望んでいたご褒美の様なものだったから、色んな感情があっち行きこっち行きしてしまった。
とにかく、今日の様子を見てから決めようと思い、何の準備もせずにいた。多分これも心の保険なんだろうと思う。

そして今日。
昨日までの状態が嘘のように好転していて、今日は本人が驚くほど良い調子で本当に嬉しかった!その結果、改めて背中を押してもらったので、迷路から無事に脱出し、かなり慌ただしく明日の準備をしている。(まだ進行形…やばくないか?)

未だに全く明日の私は未知の世界。本当に頭の中は真っ白。ご褒美を有り難く頂くだけだ。
明日の私は何を書くかな?って言うか書ける?

ルーズリーフの車窓から

もう長い事会えてないし話せてないなぁ。お互い母になったし、私と違って子沢山母さんだから、自由に出来る時間を確保するのがかなり大変。よって会えずにもう何年も経つ。いちばん下の子が今何歳かもわかんないくらい。□子、元気かなぁ?

高校の友人や同級生とは全く別の道を選んで(選んでと言うか親との約束だったから)専門学校へ進学した為、がっつり友人だったり仲の良かった同級生とは離ればなれで、全く新しい人間関係をスタートさせる事になったけど、同じ小中学校だった顔見知りがいたり、高校で違うクラスだったりした子がいて、友達が出来るのにそう時間はかからなかった。
女子だけしかいなかったから、良い意味でも悪い意味でも女子校のノリで楽しく新生活が始まった。

毎朝、バタバタしながら支度をしてバスに乗り、イヤホンから流れる音楽をお供に通学していると、私と同じ制服の人が乗ってくる事に気付いた。
同じクラスの人だ。あの人なんて名前の人だっけな…
顔は知っているけど、まだ名前も知らないクラスメイト。ショートカットでボーイッシュ。雰囲気は凄くクールで、私よりもうんと背が高い。第一印象はそんな感じだったかな。同じバス停で降りて、学校まで暫く歩いていくんだけど、前の方を歩く名も知らぬクラスメイトの背中を眺めて登校していた。
何となく声を掛けづらい雰囲気を漂わせていたから、同じバスになっても話したりする事はなかった。
入学してしばらくすると、オリエンテーションの一貫で、とある遊園地へクラス全員で遊びに行く親睦行事みたいなものがあり、自宅近くのバス停からピックアップしてもらい目的地の遊園地へ向かった。それぞれ最寄りのバス停から次々と乗り込んで来るクラスメイトの中に、あのクールなクラスメイトも居た。が!毎朝見ていた制服のあのクールな印象とは全く違う、強いインパクトが私の中でがっちりハマってしまうのだ。
その頃流行っていたエスニック系の服装で、ますますボーイッシュさが際立ち、しかも片手にオロナミンCを持っていた。早朝からオロナミンC。なんてエネルギッシュ!クールなのにオロナミンC
私が勝手に決めつけたイメージとのギャップを感じて、
この人、ただもんじゃないかも…
と、勝手にワクワクしてしまったのだ。

偶然にも、私の座席の後ろへ座ったその人は、私の隣に座っていた友人とは少し話をする間柄になっていたようで、後ろと前で会話していた。そのやり取りを聞いていると、高校時代はバレー部だった事(その為ショートカットでボーイッシュだった)、高校は進学校だった事、住んでいる所などがわかった。だけどそんな事より、私にはどうしても朝イチの飲み物に選んだ物がオロナミンCだった事にツボっていて、絶対に面白い人のはずなんだけどなぁ…と勝手に思いながら、2人の会話を聞いていた。
いつの間にか私も会話に加わり、他愛もない話をしていると、なぜか大相撲の話になり、報奨金を受け取るいわゆる「ごっつぁんです」の仕草を、そのクールなクラスメイトが完璧にやってみせたのだ。寸分違わずに。
きたーっ!ほらやっぱり違うじゃん!他の女子はそんなの完璧に出来ないよ!木村庄之助の話なんかしないって!どうやらこの人、私と全く同じ感覚を持つ人だ。もうワクワクが止まらない。横の友人そっちのけで会話が弾み、なぜか【〇〇と言えば何?】と言う、自分独自の色んなイメージを言い合いっこする話になり、ここで遂に決定的な瞬間が訪れる。

タバコといえば…?

私「藤竜也!」その人「藤竜也!」

同時に言い放った人物が藤竜也。あり得ない。普通は銘柄とかじゃないの?なんで藤竜也なの??
もうツボがまるで同じ。話が合わない筈がない。
自分が面白いと感じる物は、その人にとっても面白いのだ。その瞬間からその人は何十年来の友・□子となる。

授業中にコソコソと回し合う手紙の中身は、他の友人達には理解不能で、わたしと□子のツボにだけハマる怪文書やイラストだったりした。みんなで話していて、私と□子の話がエスカレートしてくると、また始まった~(笑)みたいな感じで、見守る制度があるかのような雰囲気まで生まれていた。
まわりの友人達いわく、我々はマニアックらしく、訳がわからないけど2人が話しているのを見ていると、本当に楽しそうに笑っているから、つられて笑えてしまうと言っていたっけ。
その当時、深夜番組に竹中直人のコント番組があっていたけど、私と□子以外誰一人として知らず、放送の翌日は、
「昨日見た?!とっくりブラザーズやったよ!」
「見たー!ショスタコビッチ三郎太も!!」
と盛り上がり、お年頃の女子とは思えぬワードが溢れる日常を送っていた。面白いと思うツボがこれほど一緒の赤の他人に出会えるのって、本当にラッキーな事だと思う。

□子は私と違い、頭が良くて顔もキレイで、背もシュッ!と高く、性格もよく面白くてみんなの人気者だった。
そんな人が私の様なヤツの友人になり、真剣な話やら恋愛やら、しょーもない私の悩みなどを打ち明けられる親友となった事は、私にとって幸せな偶然なんだと今でも思う。

卒業後、それぞれ就職してしばらく経った頃、実家の自分の部屋から大量の手紙が出てきた。中学高校時代の友人達との手紙もあったが、その中でも一際大量だったのが□子との手紙だった。読み返すと、未だに笑いが堪えられない様な中身。
その中に、めちゃくちゃ小さい紙切れがあって、よく見るとそれは真っ白いルーズリーフの四角いリングホールの部分で、小さくイラストと文字が描いてある。

世界の車窓から

その文字の横に、列車の車窓に見建てたリングホールから、人が外に乗り出して手を振っているイラストが。この、他の人にはきっと伝わらない自分達だけの世界。同じ事で笑える事って、本当に幸せな事だと思う。私の子もラッキーな事にツボが同じ。
だから2人で同じタイミングで笑う。笑ってる時って凄い幸せな時間だ。

ねぇ□子、最近テレビ見れてる?見れてるなら誰がおもしろい?CMだとアレかなー。
お互いに別々の場所で暮らしていても、今もツボがシンクロしてるといいね。

ファンになるという事

誰かのファンになるって、どう言う心のシステムなんだろう。人はどうして誰かのファンになるんだろう。単純に言えば「好き」になるから?でもその「好き」の度合いや形は人それぞれに違うよね。

歌が良いから。声が良いから。曲が良いから。詞が良いから。顔が好きだから。かっこいいから。かわいいから。美しいから。綺麗だから。面白いから。強いから。正直だから。ざわざわざわざわ……
限りなく無数の理由で人は誰かのファンになる。

寝ても醒めても頭の中を浸食される程に夢中になる人。日常の音の全てをかき消すくらい誰かの歌や曲にまみれて過ごす人。誰かの繰り出す言葉やネタの面白さに何度も笑わかされる人。綴られた詞の世界に自分を重ねて心を揺さぶられる人。誰かが描く色とりどりの美しい絵を見て癒やされる人。想い重ねて恋い焦がれてしまう人。言い足りないけど、ファンの数だけファンの在りようがあるのだと思う。

誰かが自分を表現したものに対して、その表現を見た人達が感動したり賛同したり尊敬したりして「ファン」が出来るんだと思うけど、そもそも表現者は自分がやりたい事(=自分の夢)を一心不乱にやっているのだから、誰かの為に表現者になったワケじゃないと思う。あ、始めたきっかけや特定の誰かを励ます為にって言う理由はここではちょっと置いといて。そんな表現者側の人達にとって、自分を支持して応援してくれるはずのファン。だけどここ数年、SNSのせいで、そのファンの存在に表現者の人達は悩まされている気がする。と言っても、ごく一部のファンだけど。

SNSはとても便利で楽しいツールだと思う。
だけど反面、とても大事な最後の砦の様な部分をぶち壊してしまっている気がしてしまう。人として大切な「適度な距離感」がなくなってきている気がする。憧れの人にリプを送る。それは別に問題ないと思う。だけどそのリプの内容が、相手に何かを要求したり強制したりする、圧のかかったものではダメでしょう?怖いよ!だって向こうはこちらの事を1mmも知らないんだから。ただ、ファンだと言う事しか情報がないのに、自分の勝手な欲求を満たすかの様な事をリプする。これがどんなに気色悪い事か想像したらわかると思うのに。

大好きな人達のツイートやブログなどが更新されると、それだけでも嬉しいのに、それがファンに対する感謝の言葉だったりすると、もう心底この人達のファンで良かったとじんわりする。
まったくの予想外にリプが返ってきたりしたら、わざわざ丁寧に返してくれたんだ(感涙)って思う。
返って来て当たり前だと思っている人がいるって事が不思議でならない。しかも、相手に直接「なんでリプを返してくれないんですか?!」とか送っちゃうとか。誠心誠意、ファンに向き合っている人達に対して「塩対応」とか言えちゃうんだろうか。

こんなに好きなんだから!こんなに応援してるんだから!って言う「してやってる感」のファンにだけはなりたくない。
ファンをこじらせて、ネガティブなファナティックにだけは絶対にならない。