おいどんの日記ブログ

ブログと言うよりただの日記

コンプレックス山盛り

裸眼で生きる事に憧れる。そりゃあもう心底。

小学生でメガネをかけ始め、それからどんどん視力が悪くなり、キテレツ大百科の勉三さんの実写版かってくらいの瓶底メガネで過ごしていたけど、高校に入学したくらいに、私の中にわずかに居る乙女心さんが声を少しずつあげ始め、コンタクトに変えてからウン十年。もうコンタクトと勉三メガネなしでは生活できなくなってしまった。裸眼ではこの世界のあらゆる輪郭をハッキリと見る事はないのだ。

メガネとコンタクトの煩わしさが次第にコンプレックスになってきていた頃、ふと思いついた。どうせ目玉の上にのせるんだったら、目玉をオシャレにすりゃいいんじゃない?煩わしさを楽しみに変えられるかもしれない…そう思い立ち、カラコンとやらを使ってみる事にしたのだ。今はもう女子達の必須アイテムだけど、当時はまだカラコンなんて周りは誰も使っておらず、結構珍しかったと思う。
眼科へ行き、精密な視力検査をした後、いよいよカラーを選ぶ事に。服を選ぶ様にワクワクして、どんな色にしよう♪と心躍らせていたが、現実と言う名のビンタをくらう。

………似合わない……
そりゃそうですよ。ペラーっとしたお顔の私に、ブルーなんて突拍子もない。でも好きな色が青だから何の躊躇いもなくブルーを選んだけど、自分で吹き出すくらい似合わない。もう計算外だ…似合わない事を想定していなかったから、ショックもでかい!
ならば!!とパープルを入れてみる。ますます面白い!!どうしてそこで、ならば!!と思えたのか?自分でも失笑する。
しょんぼりして、カラコンを諦めようとしていると、眼科のスタッフさんがこちらはどうですか?と持ってきた。恥かきついでに何でも試してやれ!とヤケクソで目玉に乗せる。その眼を見た時、鏡の中の私にフリーズさせられた。

「ひいばあちゃんだ…。」
記憶のずっと奥底から懐かしい人の顔が浮かぶ。

コントで見るおばあさんみたいに腰は曲がっていて、いつも杖を付いて歩いていたけど、めちゃくちゃ元気で、出掛ける時は常にシックな着物を着ていた父方の曾祖母。そして何より、子供心に衝撃的だったのはその瞳の色。透き通っていて鮮やかなグリーンの瞳だった。
ひいばあちゃんの外見は外国の人にしか見えない。言い方は良くないけど、冷た気で厳しいような顔だちで、そのグリーンの瞳も相まってちょっと怖かったのに、
「綺麗な色のお目目だなぁ…」と、ひいばあちゃんに会うとその瞳ばかり見ていたっけ。本当にうっとりするほど綺麗だった。


眼科でオススメされたカラコンはグリーンだった。
全くノーマークだった色だけど、驚くほど違和感がない。そして何より、どこか懐かしいと言う感情に包まれてしまった。それ以来、グリーンのカラコンを休日に愛用している。
ひいばあちゃんのあの綺麗な瞳には遠く及ばない、人工的なグリーン。
だけど、自分が忘れていた子供の頃から無意識にもっていた憧れを思い出させてもらえたし、視力が悪くて矯正しなきゃいけない煩わしいコンプレックスを、ほんの少しプラスの方へ持っていける様になれた。

しかし考えてみると、自分ってコンプレックスが多いよなぁー。だけど悲しいかなそれが自分。
嫌ってほど向き合え私!矯正していない裸眼でも、自分の心は見えるはず。一周まわってコンプレックス込みの自分を大事に出来る様になれるかもよ?

せつないもの

仕事が終わって子を迎えに行って、買い物を終えて両手にどっさり荷物を下げ、子とバカ話をしながら店外へ出ると、まだ空は明るくて、ほんのり気持ちいい風が吹いていた。

店を出てすぐに気付いた空の綺麗さ。テンションが上がってすぐさま子に

「うわーっ、空見てん!」と言うと、空を見た子が

「綺麗さー!桜が咲いたみたい!」
と、かぶせ気味に言った。それ、私も思ったから言おうとしたやつだ。こんな時にすごく親子を実感する。

子がうぅーんと小さい頃から、空を見る時いつも話していた事は、今日の空にはどんな色があるかな?あの辺は何色と何色が混ざってるかなー?ってクイズみたいに話していたのを思い出す。
そしてそんな小さい頃の子を思い出す時、ふんわりと「せつないもの」が一緒に流れだす。

CHARAの歌で、すごく短い歌なのに、優しさと慈しみで出来ているかの様に感じる。このメロディーを聴くと、心の隅々まで優しさが沁み渡るのだ。

子はもう難しいお年頃になったけど、その心には、まだ小さい頃の心が根付いているようで何となく嬉しく思った。まだ親の私とバカ話して、空の色について語らえるんだなぁ。
子はどんな大人になるんだろう。全く想像が出来ないけど、いつか何かにぶち当たった時に、必ず私は側にいるから、こんな親だけど寄りかかっておいでね。

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こんな頭の片隅の

さすがに心がざわつき始めてきた。
やばいぞ。もう準備し始めないとバタつくパターンでしょ。下半期最大の(いや、今後もうないかも)未知との遭遇!!全く想像が出来ない。
どがんすると?本当に。いっちょんわからんし。
まず、うち自身どうなるかも予想出来ん。絶対にパニクるやろ?緊張しぃやけん頭真っ白になるやろ?
そがんなったら、あぁ~止めとけばよかったとに…
とか思い始めるやろ?でも止めれば止めたで、
もう!そいけん行っとけばよかったっちゃん!!
とかなるっちゃろう?
何ね一体。結局どがんしたかと?よか大人のクセしてなんしよっとね?少し落ち着こうで。


…落ち着いて読み返すと、方言は文章にしづらいと言う事がわかった。でも私の頭の中の言語は方言だから、これが普通なんだけど文章にすると違和感があるなー。何でかな?
いやいや、方言どうこうが問題じゃなくて。数週間後に訪れる未知の世界な1日をどうするのかって事でしょ?いつも一緒に行動する相方の様な存在も今回は不在。子も同行出来ない。いわゆる「ぼっち」である。未知への不安に拍車をかける!!普段なら1人で行動するのは平気だけど、今回ばかりはワケが違う。

子供の頃から、なぜかしっかりしてると勘違いされがちの私だけど、中身ほんっとにスッカラカンのスッカスカなんだよ?自分の人間性能の低さなんて自分が1番わかってるから本当に不安。ちゃんと出来んの??出来なきゃダメなんだよ!!しっかりして!
わずかばかりにでも有るはずの、私の頭の中の片隅のしっかりモードがうまく作動してくれる事を祈るばかりだ。

優しい言葉

まだ私が誰かの配偶者だった頃。
姑さんがいて、その姑さんと嫁の私には大きな揉め事などはなかったが、だからって仲良しってわけでもなく。愛しい息子を奪う存在の私があちらに好かれていないのは重々承知だったけど、嫁いだ先にはちょっとした家庭の事情があって、その事情ゆえ、そう思われても仕方ないのかもな…とは思っていたけど、ちょいちょい無神経な銛で心を突き刺してきたりする人だった。

私も姑(舅もだけど)が好きではなかったけど、たまには孫の顔も見せてあげないとな…と嫁なりに気にかけて実家へ遊びに行っていたが、チクチク棘のある言葉…いや、こんな表現じゃなくて、イガグリとかウニの殻をポイッ!て軽~くなんだけど投げて来られて、「痛っ!!」と「ムカッ!!」って感情が同時にくるような事を言われていたっけなー。
何だこの表現は…余計解りづらい気がする…

姑さんには妹さんがいて、その妹さんの息子のお嫁さんはとてもかわいくてオシャレな方だったので、自分の息子に嫁いだのが私みたいな感じのヤツだったって事も不満だったんだろうな。だって好みや価値観が全く違うんだもん。ちゃんとパリッと化粧して、オシャレな格好してる嫁が欲しかったんだろうけど、残念な事に私は化粧っけがなく、そんなにオシャレな格好はしなかったから。っつーかあの頃はしたくても出来なかったからね。

嫁いだ先に味方はいないと覚悟して、あちらの親戚付き合いとかしていかなきゃならないんだなぁって思いながら、まだ子が1歳か2歳ぐらいの頃のお盆の時期に、今でも忘れない衝撃的な事があった。
確か舅のお母さんが、お盆で親戚が集まるから入居施設から一時帰宅するとかで、そのお宅へ行った時に、ほとんどの親戚の人が初対面だったから、
『初めまして。〇〇の嫁です』参りをしてたんだけど、居場所がなくて、テーブルにご飯とかお惣菜を並べたりしてお手伝いをしていた。ある程度の準備が出来て、集まったみんながテーブルを囲んで食事を始めた。

久々に我が家に戻った舅のお母さんは、高齢の割にしっかりとされた方で、耳が遠かったり、足腰は弱く介助がないと動けなかったりはするものの、お話が面白くてムードメーカーみたいな雰囲気の方だったのをすごく覚えている。
テーブルに並んだお惣菜の中に、私の好きな卯の花があったので、皿に取り分けて食べていたら、テーブルを挟んだ向かいのソファーに、どっしりと座っていた舅のお母さんが私をじぃ~っと見て、

「さっぱりしていいね」

とおっしゃったので、私は

「おから、さっぱりしてて美味しいですよね!」

と答えたら

「違うよ(笑)あんただよ」

と言われたのだ。

私の事を知らない方が、ほぼ第一印象だけで私をいいねと言って下さったのだ。姑さんの好みとは程遠く、不満に思っていたであろう嫁の私に対して、舅のお母さんはいいねと肯定して下さった。
孤独な敵地の暗闇の世界から、天からの蜘蛛の糸のように垂らされた、希望の様な優しい言葉。それが当時の私にとってどれほど嬉しかったか!!

舅のお母さんと私のやりとりで、みんなが笑っていた時、姑さんだけ顔が苦笑いだったのを私は見逃さなかった。多分、自分の旦那のお義母さまが、嫌いな嫁の私を肯定した事が面白くなかったんだろうと思う。だけどそんな事がどうでも良くなるくらいに、私は私のままでもいいんだと思えた。めちゃくちゃ前向きになる力をもらったのだ。

あれから数え切れないぐらいの時間が流れて、誰かの配偶者ではなくなった今。配偶者や姑舅の事など思い出すことはないけど(思い出したくもない)、あの方の事は時々思い出す。もしかすると、年齢的にもうご存命ではないかもしれない。
血縁関係も何もないけれど、あの頃の私に前向きになれる力を下さったあなた様に出会えた事を今でも感謝しています。

優しい言葉をありがとうございました。

じゃあ私は何味なんだ

たまたま目にしたソウルナンバーってやつを調べてみた。自分の生年月日を、1桁ずつ足していくと出る数字が自分のソウルナンバーらしい。やってみるとびっくりするぐらい当てはまらない。
えっ?私ひょっとして誕生日違うんじゃない??ぐらいに違う。まぁ占いだし、そんなもんだと思って通り過ぎようとしたら、ある言葉に2度見させられた。


『人間味がない』


意味は分かるし、今までも普通に目にして聞いたりしていたその言葉が、私を表す言葉としてそこに表示されている。これはかなりの衝撃だ。
私は他人からそう見られているのか…

血が通って無いんでしょう?
人に対して情がないんでしょう?
人に対して無愛想なんでしょう?
人に対して冷酷なんでしょう?
感情表現が乏しいんでしょう?

極論、人間じゃないって事じゃん。私からは人間の味がしないんでしょ?

じゃあ私は何なの。
愛する子の幸せを願いながら守りながら必死で育ててる私は何なの。親から無償の愛情を受けて育ててもらった私は何なの。その親を心から尊敬している私は何なの。人を愛した事がある私は何なの。親友と呼べる尊い人間がいる私は何なの。嬉しくても悲しくても辛くても怒っても楽しくても涙が出る私は何なの。

それって人間の味じゃないの?私っていう人間の。

人間味のない親の私から産まれて育てられている私の子は一体どうなる?子が不憫だよ。


ここまで書いて、ちょっと我に返ったかも。
こうありたいと思う自分の理想とは、かなりかけ離れた文言に引きずられてるな。
前までは占いの類が大好物だったけど、前向きな事が沢山提示されているのに、なぜかたった1つの後ろ向きな事の提示に目が留まる。ネガティブにしか考えられなくなる。
それを自覚してからは、占いの類を見なくなった。
前を向いて歩いているのに、用事もないのにわざわざクイッ!と服の裾掴んで呼ばれて、後ろを向く必要はないなと感じたから。
テレビでやってる今日の占いとか偶然見ちゃった時は最悪だ。最下位だのアンラッキーだのって教えてくれるなよ。

血液型もそう。血液型を聞かれて答えると『見えない!』と言われる。『■型でしょ??やっぱりねー!それっぽいもん!』って言いたいんだろうな。


人間味がない傾向にあるって言うんなら、意地でもそうならないようにしてやろう。これ以上、ネガティブに振り回されてたまるか。
色んなものが染み込んで、濃ゆっ!って言われるぐらい味のある人間になろう。まだ方法はわかんないけど。自分が何味かもわからないけど。

心空なり

最近なんかうわの空で、腰を据えてやんなきゃならない事がフラフラしてて困る。うわの空の原因はわかってるんだけど、どうにも出来ない。

随分と前から楽しみにしている事がそろそろ緊張感を漂わせてきていて、その瞬間を迎える時、一体自分がどうなるのかが全く想像できない。未知の世界に踏み込んだその後は、何が残るのかな?
考えても推理しても計算しても妄想しても何の答えも出てこない。
ダメだ、だんだん恐ろしく不安まみれになってきた…

底知れぬ不安に纏わりつかれようとしてて、そこから逃れたくて空ばかり見てるのかな?
いや、関係ないな。それは昔からだ。気付いたらスマホのカメラフォルダには空の写真がかなりある。


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ごくごく日常の空なんだけど、思わず撮ってしまう。人が撮った空を見るのも好き。四季折々に、時間も問わず、その一瞬の空模様を自分の物にしたくなる。ちゃんとしたカメラが欲しいな。

うわの空ってあんまりいい言葉ではないのかもしれないけど、私をそうさせてしまう、すぐそこまで迫っている未知の世界の影響力ってすごいと思う。

さて、今日の空はどんな感じなのかな。


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Upside Down

私が何かしら惹かれる人や音楽には、必ず共通点がある。それは『ギャップ』である。
やっている事や話す事が心底下らなかったり、見た目にバカな事をやっているのに、創り出す作品は惚れ惚れするほどかっこ良くおもしろい。真正面から勝負出来る『武器』を持っている。あくまで私の中での基準なんだろうけど、色んなジャンルのギャップにやられてしまうのだ。そうそう滅多に出会さないけれど、最近久々に私のセンサーが働いて、ある人達を過去に遡って色々を知り、その知っていく過程で「やっぱりそうか!」と納得するよりも先に、自分の中のセンサーの、相変わらずの感度の良さに驚いた。そして「だから好きになったんだよ」と己に納得させられる。


私はラジオが大好きだった。
言い方が過去形なのは、結婚・子育て・働くリズムの生活の中に、ラジオにどっぷり浸かる時間がなくなってしまったから。FMもAMの全国ネットもローカルも、それぞれに好きなラジオ番組があって、それぞれ色の違う時間に浸るのがたまらなく楽しかった。私が好きなラジオは深夜ラジオ。中でもオールナイトニッポンは特に思い入れのあるラジオだった。これは今でもそう。
ここ数年、radikoのアプリのおかげでラジオを聞く機会が増えた。ラジオを聞いていると、中学の頃に訪れた音楽浸りが始まったあの日々に一気に引き戻される。そして色んな事を鮮明に思い出すのだ。

夏の夜は窓を網戸にして風を入れ、扇風機も回してその風にあたりながら、真夜中の部屋の灯り目がけて何度も窓にぶつかるカナブンの音にビクッ!としながら聞いていた事。
冬の寒い深夜は、ストーブの上にホットココア
を乗せて、冷めない様にしながら飲みつつ聞いていた事。勉強しながら、友達に手紙を書きながら、絵を書きながら、日記をつけながら。ラジオを聞く事は、私にとって生活の中で当たり前の事だった。

中学の頃にあるバンドを知り、大ファンになってから音楽どっぷりの世界が始まったけれど、今の様にネット等は当然なく、アナログに自力で情報を集めなければならなかったから、テレビ・新聞・音楽誌・ラジオ番組表など、とにかくそのバンドの情報が知れる物は全てチェックしていた。

大好きだったそのバンドのボーカルは、端正なルックスを派手に覆す程の話芸の持ち主で、喋りだけを聞くと芸人さんかと思う話しっぷりだったので、誰のラジオとかジャンルとか関係なく番組を片っ端から聞いていて、面白い人にあたる度、「おっ?」と期待してよくよく聞いていくと、さだまさしさんだったり。

そんな感じで出会った番組の中に、オールナイトニッポン(ann)があった。今と違って当時は1部・2部と呼ばれていて、1部はよく聞いていて、夜更しした日は2部まで聞いていた。と言うかラジオをつけていた。好きなボーカルの情報を探す為に聞いていたannの第2部で、私の本能の様なものをチクチクと突っ付く人達に出会してしまう。

その人達の話はとにかくふざけているし、ほぼ下ネタ(かなり変態の域をいく)だけど、笑い声を押し殺さなきゃならないぐらい面白かった。当初は芸人さんか何かだろう?と思ったけど、番組中に曲をかけたりしていたので、ミュージシャンなんだとわかった。その人達は『電気グルーヴ』と名乗った。
そして気付くのだ。その人達の作る曲とオススメでかける曲のえげつない程のかっこ良さ。テクノがこんなに気持ち良いものだとは…。電気の話す内容も、番組で流れるテクノも、頭にこびり付いて離れなくなる。何だこのギャップは??好きすぎる!!
私が夢中になっているバンドとは全くもって別の世界!一気に夢中になってしまった。

ラジオを聞くきっかけとなったバンドも相変わらず好きだったけど、電気グルーヴに侵食されていき、友達にそれを話すと誰ひとり電気を知らなかった。
バンドブームの真っ只中、X・BUCK-TICKユニコーンTM NETWORK・J(S)W・BARBEE BOYS・LÄ-PPISCHなどなど、友人達もそれぞれ好きなバンドがいたけど、私の力説する電気の良さに誰も頷いてくれず…。誰に言われたかは忘れてしまったけど、いつだったかテクノが好きと話した時に、

「テクノって音だけで歌入ってないやろ?何が良いと?歌の入ってない音楽って意味ないやろ」

…は??音楽の意味って何???歌が入ってない??
じゃあクラシックはどうなる???と、頭の中ではてなが延々と続くほど謎の言葉だった。
まぁそれはその人の考えだから…って今の自分なら思えるけど、それを言われた時は本当にはぁ?!って感じで、テクノやクラシックの良さがわかんないの??と自分の価値観だけでその人を心の中で軽蔑してしまったり。でもそれぐらいその当時は電気の音楽は理解されていなくて悲しかったな。
電気のおかげで、私の感覚の世界は広がっていった。と同時に何かが人とズレている事もこの頃から気付き始めてしまったけど(笑)


去年のM1で初めて見たメイプル超合金。いつものあの私のセンサーが作動して、色々と知りたくなって過去を辿ってみた。そしてなつさんのツイッターを見た時、センサーが働いた理由がわかったのだ。
とある日のなつさんのツイートに、
「友人からの虹の写メを見て、電気の虹が聴きたくなった」とあった。しかも「爆音で」とまである。電気を爆音で聴きたいなんて!センサーに引っかかったのはきっとこの辺りだな。そう思ってさらに色々探し漁ると、オールナイトニッポンRを聞くことが出来た。
一気に蘇るあの感覚!!明け方近くまで、笑いを押し殺して聞いていた10代の頃の私に戻る。話す内容の全てがどツボだ。この人達は間違いなく、私のギャップのルールの人達。これからが本当に楽しみで仕方ない!!

電気の数多ある曲の中で、私にとって恐ろしく中毒性のある曲『Upside Down』がある。
これを1度聴くと、ひたすら聴き続けてしまうのだ。とにかく気持よくてたまらない。
ゴールデンボンバーにもメイプル超合金にも、同じ中毒性がある。人をここまで惹き付けるなんて、どれだけの中毒性だろう。
それぞれジャンルは違うけど、真っ向から戦える同じ『武器』を確実に持っていると思う。

あーもう!センサーが働いて、体の全神経に謎の衝撃が走るあの瞬間を文字に起こせないのがもどかしい…。誰かにもおすそ分けしたいくらいの感覚なんだけどな。みんなで手を繋いで、溜まりに溜まった静電気に同時にやられるっていう具合に伝わる方法があるといいのになぁ。

夏にまみれる

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子は絶賛夏休み中。私は仕事の為、遠出などさせてあげられない。なので毎年変わり映えのしない夏休みになってしまうのが私の悩みだ。

子は私と正反対で、アトラクションものが苦手で、絶叫マシーン系はもっての外。高所恐怖症もあり、観覧車でさえ無理。なので遊園地に連れて行っても遊び甲斐がないのだ。私はワクワクする程大好きなのに…。どっちが子供なんだか。
だからここ数年は、一緒にプールへ行く事くらいしかしていない。最初の頃は付き添い程度で、子が遊ぶのを見ていたけど、正直退屈だしクソ暑いだけだった。私だってプールで遊びたい!!!滑り台とか滑りたい!!
ところがそう簡単にプールで遊ぶ訳にはいかない。
夏の陽射しは私の最大の敵…。わーい♪などと遊んだ後は恐ろしい地獄が待っているのだ。

私はかなり肌が白い。生まれてこの方、初対面の人から必ず言われる第一声は「色白いねーー!!」であり、あまりにもそればかり言われすぎた為、それがコンプレックスだった頃もあった。肌が黒いと悩む人には、「そうでもないですよー」と言う私の返しが嫌味に聞こえたかもしれないけど、考えすぎて1周まわって変な謙遜になる様な返事しか出来ない時期があったりもしたけど、もう謙遜してなどいられない。確かに色が白い。自分でも「……白っ!」と引いてしまう時がある。
だったら焼けばいいじゃない?って思って、海やプールや体育祭で太陽に肌をさらした。結果、もう大惨事。黒くならずに真っ赤(正しくは赤黒く)になり、動くだけで焼けたところが熱を持って痛む。
ちょっとした火傷のような感じで。お風呂も激痛、寝る事もままならず、私は健康的な小麦色の肌にはなれない事を悟った。

それから1年中、日焼け止めを欠かせない。夏ほど念入りではないけど、冬も日焼け止めを塗っている。この歳になればシミ・シワなども増えてくるから、肌対策にもなるしちょうどよい。
そんな私が真夏のプールで遊ぶには、完全武装で挑まなきゃならない。まず、日焼け問題と体型的な問題で水着は着ない(着られない)。上半身→ラッシュガード、下半身→水濡れOKのハーフパンツで防御。そして露出する顔や手足には、日焼け止めクリームの2種類使い。
尋常じゃない汗っかきの為、すぐに日焼け止めが落ちるので、顔は白塗りか???ってくらいにコパトーンのUVクリームとアネッサのUVクリームを塗る。
パティシエがケーキに生クリーム塗るくらいの勢いで。コパトーンは優秀!私の肌の防衛軍!!
帽子を忘れるという大きなミスを犯したけど、タオルをほっ被りすると言う手で何とか頭皮をカバー。
水に入ってしばらくしたらまた塗る。

そんな面倒くさい事をしてでもプールで遊びたかった。子とワーワー遊びたかったのだ。だって、いつまで子と一緒に遊べるかわかんないから。一緒にプール遊びできなくなる日が来るんだから。
遠出は出来ないけど、夏の思い出を作ってあげたい。親子で一緒に夏にまみれる思い出を。
夏休みもあと少し!さて、後は何しようかなぁ?

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世々に至るまで

長崎(市内ではないけれど)に生まれ育ち、普通に学校で平和教育を受けて来た。広島に生きる人達も同じくそうだろう。被爆者であり語り部の多くの方々が命をかけて繋いできた平和の大切さは、小さい頃から心に刻まれている。
おぞましくて惨たらしくて悲惨で、きっとこの世の地獄の様だった71年前の今日。
71年経ってもなお、後遺症に苦しんでいる方々がいる。

被爆地に生まれて生かされている意味。
それはこの世界の恒久平和を願い続ける心と、その心を自分の子に伝えていくと言う、親として、人間として大切な使命を持っている事だと思う。

犠牲者の方々へ祈りを込めて。
この世界から核がなくなりますように。
世界の平和を願います。

いつの日も、世々に至るまで。

なんでこんなアカウント名にしたんだ私は

ツイッターを始める時、何て名前で始めようか色々考えた。まずまわりに知られたくないから実名はあり得ない。実名にちなんだ名前もうーん…違う。
可愛らしいのは似合わないし、思い付かないし。考え過ぎて、もう変な物しか浮かばなくなってくる。頭の中の色んな記憶と言う記憶を手繰りにたどって浮かんだものが、何故か「おいどん」。

ほんの一時期、何キッカケかは忘れてしまったけど、ツボにはまって自分の事を「おいどん」と言っていた事があった。今思えば謎でしかない。到底変だったとしか思えない。自分で自分がわからない。
その、気を確かに持っていなかった(笑)時期の単語がなんで浮かんだんだろうか?だけどよく考えれば、おいどんって自分をさすものだから、まぁ下ネタのような名前ではないし、他に浮かんでこないからいいか!と思っておいどんにした。

しかし、このアカウント名で人様に名乗らなければならなくなりそうな機会がもうじき訪れるのだ。

『こんにちは、おいどんです(^^)』

………んんん~何だろうコレ。違和感はんぱない。

『こんにちは、おいどんでごわす(^^)』

………しっくりくる。が、おふざけ感満載。


どんなアカウント名にしたら良かったのかなー。
でも3年半以上「おいどん」を名乗ってきて、すっかり馴染んでしまっていて、愛着もある。他の名前に変えるのは少し寂しい。
最低限のプライバシーは守りつつ、思う事などをつらつらとつぶやけるし、こうして日記も書ける。アカウント名ってモザイクみたいなものだな。
実名だしてたり自撮りとかする人にはそうじゃないのかもしれないけど、私にとってはモザイクだ。

…しかし名乗るには恥ずかしいな。聞いた人は『おいどんて(笑)』ってなるんだろうな…なんでおいどん?ってなるよね。来たるべきその時、実名を名乗るか?おいどんと名乗るのか?
さぁ、どっちだ??