おいどんの日記ブログ

ブログと言うよりただの日記

棘の壁

心も体も、どうにも表現出来ないものに覆い尽くされてしまいそうで、たまらずここへ逃げている。こんな心の辛さは初めてかもしれない。どうしていいのか本当にわからない。
人種とか国とか、そういう問題が絡んだ音楽の事でここまで悲しくなる事が自分に起こるなんて想像もしていなかった。

「何で?どうして?」
この言葉で考え始めて、この言葉にまた辿り着く。
どこにもぶつけられない問いと、導き出せない答えで、すぶずぶと沼地にはまってしまう。悲しい何かで出来た沼地みたいだ。


初めてその人達の曲を聴いた時、大好きな音楽に出会った時だけに起こる、電気が走る様な衝撃を受け、生まれて初めてその国の言語の曲をちゃんと聴いた。その国の何組かのアーティスト達の曲が日本でも流行って流れていたけど、自分の意志でちゃんと聴く事まではしなかった。その国の音楽に、そこまで心が動かなかったからだと思う。
おそらく、自覚しないうちに見えない「壁」を作って、その国の言語や音楽を理解しようとしなかったからかもしれない。これは自分でもよくわからない「壁」だった。

自分でもよくわからないその「壁」に、雷にでも打たれた様な亀裂が入り、その亀裂の隙間から溢れて流れ出した音楽は、本当に素晴らしくて大好きになった。そして貪る様に色んな曲を聴き始めた。曲を聴けば、曲を作って歌ってパフォーマンスをしている人達を知りたくなった。1人1人の名前を覚え、その人達が発するわからない言語に必死に耳を傾け、日本語訳やその話している雰囲気で理解し、自分でその言語を調べ、読み方や書き方を覚えようとした。
その人達の人柄を画面上などで知るにつれ、音楽は勿論、その人達を心から大好きになった。自分の中の「壁」が、穏やかに崩れていく気がした。
そして、この人達なら、国や人種を越えて、分かり合えるかもしれないと幸せな気持ちになった。


私は長崎県で生まれ育った。広島や長崎の人間は、ほかの県の人達よりも、小さい頃から平和について考える時間が多いと思う。それは当然、原爆が落とされた唯一の場所だからだ。亡くなられた被爆者の方々、生き残った方々の現在に至るまでの地獄の様な日々を、命を削りながら、心を引き裂かれるような辛い思いを抱えながら、2度と核兵器を使ってはいけないと後世に訴える語り部の方々の言葉を聞いてきた私達にとって、原爆とは忘れられない・忘れてはいけない出来事だと思っている。


去年だっただろうか?その国の人達のファンになりたてだった頃に驚く事を目にした。メンバーの1人が、世界中の人の目に触れる所で、原爆投下を喜ぶ表現がなされた物を身につけていたとされていた。でもその時の私は、その大まかな事柄だけを知り、身につけた本人はその表現されている意味もわからず身につけていたと聞いていた。
最近になって、その当時の詳しい写真付きの文章を見た私は、ぞっとしてしまったのだ。これは内容を知らずに身につけたとは到底思えない…目に見てわかる写真がついている。何て書いてあるかわからない…それも無理がある。擁護しようとする自分の頭の中で、ことごとくその擁護は論破されていく。

悲しかった。ただただ悲しくなった。心が潰れそうだった。
国が違うのだから、考え方も歴史の解釈も違って当然。それはわかっていた。思想を変えてもらおうとも思っていない。この国を嫌っているかも…それも仕方のない事かもしれない。だけど、どうして広島や長崎にもたくさんいるであろうファンが目にする可能性がある所で、それを身につけなきゃいけなかったのか。どうして誰ひとり気付いてくれなかったのか。
もう何度となく頭の中で考え悩んでいた。これだけ悩むのは、私がその人達に対して本当に親しみを持っていて、その人達の音楽やパフォーマンスが大好きだからだ。嫌いになれたらどれだけ楽だろう。その人達を知る前に戻れたら、こんなに悩まずに悲しまずに苦しまずに済んだだろう。
そんな風に苦しがっていても、ヘイトタグなどをネットやツイッターで目にした本人は、傷付いたりしているんじゃないか…悲しい心と気遣う心でごちゃごちゃになっていたけど、ある出来事を知って、ごちゃごちゃがめちゃくちゃに変わってしまった。

何で?何で今なの?どうしてそのメッセージを強調したの?

…色んな壁を、シーンを乗り越える。それが可能だと私が勝手に思い込んでしまっていたのかな。国や人種を越えて、何かを成し遂げる事が出来るかもしれないと。
音楽もパフォーマンスも人柄も大好きだ。だけど何でこんなに悲しい気持ちになるんだろう。大好きなものに大事な何かを踏みつぶされたような…何て表現していいのかこれだけ書いてもわからない。

あの時、崩れたはずの「壁」の残骸は重なり合って高くなり、行きようのないこの悲しみや苦しさは棘となって、積み上がった壁を覆い尽くしてしまおうとしている。
今、その覆い尽くしてしまおうとしている棘から、傷付かない様にじっとしている自分と、必死でその棘を抜きながら、また壁を壊そうとしている自分とがせめぎ合って体が2つに裂かれそうだ。
憎めない、嫌いになれない。だけど悲しい事実がある。長崎の人間として。

今眠ったら忘れられる?朝が来て、目が覚めたら何事もなく1日を始められる?どうしたらいいかわからない。わからないから、この苦しみだけはここへ置いていく。

ぞくぞくぞわぞわ

何十年と生きていても、何度もそれはやって来る。
何度経験しても、ぞくぞくっ!としたり、ぞわぞわ~っと鳥肌の立つほど不思議な衝撃を引き連れて、大好きな世界は私の知らない新世界を連れて来る。
『音楽』って一体なんなんだろう。
これはきっと、一生、私が無くしたくない衝撃と衝動だとしみじみ思った。きっと私は死んでも『音楽』って一体何なのかわからないままなんだろうな。
あんな最高な瞬間はないよ?自分の好きなものが、『ほら、こっちにもこんな世界があるよ!』って未知の好きなものを教えてくれる。

知らなかった世界を知る瞬間、自分の中の何かが揺れる。揺さぶられる。どこまでも止めどなく広がり続ける。

どうかこの感動的な衝撃と衝動を、一生感じられる自分でいられますように。

もじもじ悩む

もう6月とか………日記つけてて途中で寝落ちしたりして、下書きが山のようだ。だらしないなー。
今日こそは仕事終わって夜中に日記つけようかな。
書きたい事は山ほどあるのに、考えすぎて打つ手が止まる。たかが日記。されど日記。

さぁー、1日の終わり頃の自分はここに向き合っているかな?

なんてこった

今日までに、色々と片付けておきたい事が山の様にあったのになぁ。くっそー…予期せぬ体調絶不調で、思い通りにならずに今日になっちゃった。

毎日コツコツやってりゃ良かったものを。君は学習能力がないよね。それで何十年生きてんだか…。
でもさ、意外と大胆な事する様になったよね?これは自分でもびっくりしてる。案外いい事かも。
居心地良くなければ、そこから離れたらいいだけの事だった。それで思いきって離れてみたら、そりゃ~居心地悪いハズだよ…って色々わかった事があったし。これからどんな状況になるかわからないけど、そん時はそん時だ。どうとでもなれ!
学習能力は相変わらずないけど、行動力は付いてきた気がする。気のせいか?気のせいでもいっか。

さて、キリショーさんは今年も動画上げてくれるかなぁ~。明日までもう3時間ちょっと。毎年勝手に自分へのご褒美のような感覚で楽しみな動画。この世界で、私と同じ様に楽しみにしてる人達がいるんだよね。それを想像したらより楽しくなってくる!

明日からまた頑張ろう。また新しく生きよう。

えろいむえっさいむ

エロい妄想って、日々どれだけの人達から生み出されてるんだろう。その妄想を全部集めて形にしたら、この世界はエロさに覆い尽くされてしまうんじゃないかな。妄想の幅はピンキリだろうけど、えぐいのから可愛らしいものまで、それはそれはバリエーションに富んだ世界が広がる気がする。

妄想の中ではどんなエロい事も、他人に迷惑はかけない。自分が勝手に思ってる事だけど、想像力の思い切り豊かな人間は、自分の中の勝手な妄想を現実で叶えようとか思わないと思う。だって、色んな事が想像出来るから。現実にこんな事したら嫌がるだろうとか、こんな事言ってしまったら現実では傷付けちゃうな…とか。
想像力の乏しい人は、自分の欲求とか願望が先行して、人の痛みに考えが及ばない様な気がする。
そして結果、事件とかに発展する。尊い人命と向き合うはずの人達が、己の欲の為に他人をズタズタにするとか。
自分の中の悪魔を召喚するんじゃなくて、エロい妄想をこっそり召喚するのが平和でいい。あれ?何書こうとしてたんだろう?

右と左の別世界

欲しかったイヤホンが手に入ったので早速音楽を聴いた。良い音だなぁ…。買ってよかった!!だけど、いつもの事だけど、せっかくのお気に入りのイヤホンの左が宙ぶらりんで寂しそう。1曲聴き終わると、今度は左のイヤホンを右耳にして同じ曲をもう一度聴く。さっきとは違う音が聴こえてくる。みんなはこんな色んな音が合体した音楽を1度で聴けるんだなー。
いや、聞こえるだけ幸せなんだけどね。でもつい欲が出ちゃう。
イヤホンで初めて音楽を聴いた時、ぶち当たった自分の現実。スピーカーとかTVで聴いた曲と何か違うぞ?何か音が足りない気がする。そんな違和感を持ちながら、たまたま右左を間違えてイヤホンをして曲を聴いた時の衝撃!右と左で音が違うの?!じゃあイヤホンだと右の音しか聴けないのか…。
左のこの音が合わさってる所がカッコいいのにな。
その音を聴きたくて、左のイヤホンを強引に右で聴く。左右を聴き比べて、どっちの音が好きかとか、何となく1つの音楽を分解して聴いている感覚になったり。
ラジオを聞き始めた頃、モノラルだと全部の音が合体して聴こえる事を知って嬉しかったけど、音があまり良くない感じがして、ずっと普通のイヤホンで生きている。

手に入れたこのイヤホンのメーカー、モノラルのイヤホンも作ってくれないかなぁ。もしくは純正のモノラル変換プラグとか。このイヤホンの右と左の別世界を合体させたいなぁ。すごい世界が待っている気がする。

恥を棄てよ、暖を取れ

今週のお題「冬の寒さ対策」
↑なんかこれが目に入ったから書こうっと。

時代がやっと私に追いついたのね。って類の言うフレーズは、本やTVの中でしか聞いた事がなかったけど、心底自然に天然な「時代が追い付いたのね」に出会った。自分の頭にこのフレーズが浮かんだ時は、わぁ!現実に浮かんじゃった!!ってニターっとしてしまったけど。

冬の季節は大好きで、雪でも降ろうものならメロメロだ。明け方と夕暮れの空の、空気の張りつめた感じと物哀しい雰囲気もたまらない。豪雪地帯に住めと言われたらそれは困るけど、とにかく冬は嫌いじゃない。
ただし、冬の静電気と足先の冷え以外は。
この時期、私の足先はツーンと冷たい。霜が降りて半凍りなんじゃないだろうか?と本気で思う。勿論感覚なんてない。末端冷え性とか言うらしいけど、足先が冷えると体調が良くないので結構困っていた。足先以外の冷えは気にならないので、ヒートテック的な物を着たり、ネックウォーマーなどで寒さ対策すれば大丈夫。だけど足先だけはどうにも耐えられないのだ。

数年前のある冬の日。何かのオマケでもらった物に目が留まる。貼るタイプの使い捨てカイロだった。そして突然閃いた!
…これって、体に貼って使うんなら、足先にも貼れるよね??
そう思うのと同時に、半凍りの足の甲にピタッと貼ってみた。しばらくすると、何も感じない足先に感覚がじわーっと戻って来た。靴下が足の指に触れているのがはっきりわかる!すごく暖かい…!!
こうして冬の寒さ対策を編み出した。

店にカイロを買いに行くと、靴の中用のカイロはあったけど、当時はなぜか足底に使用するタイプの物しかなかった。汗をかきそうだし、何より歩きにくそうなのが嫌で、私は必ず足の甲に貼っていた。しかも面積が大きい衣類に貼るタイプがお気に入りで、当たり前のように自慢気に貼って冷えを撃退していた。だけど人に見せると、えー?足の裏に貼る物なんじゃないんですかぁ?と軽~く笑われる。
いいよ、笑っても。だってぬくいもん!!!
最近、健康番組でお医者様が仰っていた。
「足の甲にカイロを貼ると血行がよくなり、冷えを解消できます。」と…。
私、合ってるじゃん!間違ってなかったじゃん!!
しばらくして店にカイロを買いに行くと、足の甲に貼るタイプのカイロが発売されていた。

「へぇ、時代がやっとうちに追いついたか。」本当に自然と頭に浮かんでしまった。

足先の冷えを解消してはくれるが、1つ課題がある。
人様の前や外出先で靴を脱ぐ事にはかなり勇気がいる。見た目にかなりのインパクトがあるからだ。ファッションに力を注いでいる人達には抵抗があるだろう。でも敢えて言う。恥を棄てよ、そして暖を取るのだ!

子の衝動

先週火曜日、ついに子がインフルエンザをもらって来てしまった。月曜日は参観日だったので学校へ行くと、違うクラスの子のママさんが、

「今日11人欠席だってよ!」

「えー、やばいね!うちのクラスは金曜日は1人だけだったけど、大丈夫かなー?」

「いやいや、○組だよ!」

「えぇーっ!!うちのクラスが?!」

土日で13人増えるなんて、感染爆発みたいだな…
恐る恐る子のクラスへ行くと、明らかにガラガラで異様な雰囲気だった。これだけウイルスが蔓延してるなら、マスクしてたけど子も感染りそうだなぁ。

はい、予感は的中!子は火曜の朝に発熱、病院へ行ったらインフルと確定したのでした。
子がインフルだと学校へ連絡すると、欠席者が15人に増えていた。そしてついに子のクラスだけ、水曜日から学級閉鎖になってしまった。それから【学校保健安全法】に則り、子は療養、その間私は仕事を休むことに。
私までインフルになってたまるかっ!!やんのかコラ?!おぅ?!と、空気中に漂っているであろうインフルエンザウイルスに威嚇し続ける毎日から、晴れて今日、無事に外界へ出られる様になった。明日発症したりしないよね…私。

今回は薬がよく効いてくれたのか、子はわりと元気だった。4年前に初めてインフルエンザにかかった時は、解熱するまで4日ぐらいかかり、毎夜熱にうなされて本当に辛そうでかわいそうだった。その時はイナビルを上手に吸入出来ずにかなり苦戦したのを覚えていたので、今回また苦戦するんだろうなぁと心配したけど、ちゃんと吸入出来たのを見て、当たり前だけどあれから成長してるんだな…大人になっているんだな…と、不謹慎にも感動してしまった。

そんな大人の階段を登っている子は、今月8日の金爆福岡ライブ以来、毎日の様にライブDVDざんまい。取り憑かれたように、「今日はコレ!」「宿題しながら見る!」と、取っ替え引っ替えDVDを再生しているので、毎日が金爆ライブなのだ。今までもライブDVDは見ていたけど、今回は様子が違う。子の中で爆発的な変化が起こっているみたい。金爆のファンになって4年ほどになるのかな?元はと言えば、子がきっかけになっているのだ。
ファンになる以前、ゴールデンボンバーとは【楽器を演奏しないエアバンド】【ビジュアル系】【動画がおもしろい】と言う事だけの認識で、しっかりと曲を聴いたり動画を見たりする事まではなかった。そのゴールデンボンバーが【女々しくて】でテレビに出る様になった頃、テレビを見ていた子に変化が起こる。

「お母さん、あのね、ギターの人がね、かき氷を早食いしてね、まわりの人にもかき氷を掛けよらすとよ!」
「お母さん、今日はね、あのギターの人がお芋食べて、周りの人に向かってオナラしまくってるよ!」

家事などをしていてテレビを流すようにしか見ていない私に、子が【女々しくて】の時の喜矢武さんのパフォーマンス(この当時はこれがギターソロだとは知りもしなかった)の内容を教えてくる様になったのだ。あまりに毎回言ってくるので、よっぽど好きなんだろうなぁと思い、ゴールデンボンバーの面白そうな動画などを調べて、子に見せてあげようとYouTubeを覗いたその時から、私が子以上にゴールデンボンバーにクギ付けになってしまった。まだよく顔も名前も一致しない中で、これは本物なのかな??と思って最初に見た動画に衝撃を受ける。

自転車に二人乗りの男2人が、何かお芝居している。これ何?誰かの学園祭の動画かな?でもライブハウスっぽいなぁ。しばらく演劇を見ていたら、急に曲がかかった。切なそうなBGMだなぁと思った次の瞬間、二人乗りの後ろに座る人がマイクを持って歌い出した!はっ?!それで歌うの?!じゃあこの人が鬼龍院って人か。前の人、立ち漕ぎしてるし(笑)何だこれ(笑)あれ、立ち漕ぎしてるこの人がキャベツの千切りしたりしてるギターの人か。……!!!ギター下手くそだな!(爆笑)30点!!とか言われてるし(笑)
こんな感じで動画を見ていたけど、気付いた。たまらないくらいの曲の良さに。あんな演劇してんのに、なんていい曲を歌うんだ…。
この人達、只者じゃない。すごい。この時からゴールデンボンバーの持つ【武器】を見てしまった。

それからはFCに入り、子とライブへ行く様になった。ライブへ行き始めの頃の子の感覚は、ゴールデンボンバーと言う、テレビで見る大好きな面白い人達という感覚だった気がする。子は去年、ツアーに参戦出来なかった(ひとりよがり・バースデーライブのライブビューイングには行った)事もあり、FCライブに参加出来た私と違い、前回のライブから間が空いていて、子の中でボンバーに対する熱が冷め気味になっている様な感じがしていた。
なので今年のライブは、無理矢理連れて行く様な感じがしたから、「福岡ライブ行く?」と聞いてしまった。子は「行くー!」と答えたけど、仲の良い金爆仲間の親子も一緒で、福岡へ初めて列車で行く事の方に惹かれての答えだったと思った。
この4年で子は色んな面で成長し、多感なお年頃になっている。おしゃれに興味を持ち、自分のお金でイヤリングやチョーカーなどを買っては、友達同士で盛り上がっている。8日のライブ当日にも、張り切ってお気に入りのイヤリングとチョーカーをつけて行ったっけ。私の音楽狂いを受け継いでいるのもあって、当然ボンバー以外の曲もガンガン聴き始め、なんならボンバーはあまり聴かなくなっている様な感じだった。
子とライブへ行くのは、もしかしたらこれが最後かもなぁ…。そんな事を考えながら、ライブへ参戦した。初のアリーナ参戦で、しかも今までの中で1番良い座席だったので、かなりテンションが上がっていた。前を見るとトロッコがあったので、子に教えると、さすがに子もテンションが上がり、すぐ横を通るよー!と親子でワクワクした。そしてついに始まったライブ。そりゃあもう楽しすぎて泣けちゃうくらい。
DVDの中でしか見た事ない、トロッコに乗って移動するボンバーさんが、今まさに自分達の目の前にいる。手を伸ばせば届きそうに近くて、自分の声が届く距離にいる。この事が子の中で大きな衝撃だったみたい。そして最後、頭上から降り注ぐ金テープを手に掴んだ。これも親子で初めての経験だった。

ライブ終演後、子が何ともうっとりした様に
「喜矢武さんがいい」と私に言った。
「あぁ、喜矢武さんカッコ良かったもんね」
「緑色のペンラ欲しい」
「はっ?緑?ピンクのブレスレットライトしてるたい」
ゲイツの喜矢武さんの色のペンラが欲しかと」
「そうね…そしたら今から物販でペンラ買いに行こうか」
そんな会話をして、終演後に降り出した雨の中、会場外の物販ブースへ急いだ。緑色のペンライトと、なぜかいつもは買わないツアーパンフも買った。友人親子と合流し、博多駅前までのタクシーを拾おうとするも、この日は隣の福岡サンパレスでは安室奈美恵のライブ、ヤフオクドームでは嵐のライブがあった、何とも賑やかな福岡市内はタクシーを拾うのもひと苦労で、何とかタクシーを拾い、運転手さんが思わず舌打ちしちゃうぐらいの大渋滞の中、博多駅前に無事に着いた。友人親子と4枚切符を取っていたので、のんびりと列車で家路へ向かう。
列車内で子はツアーパンフを食い入る様に見ていると思ったら、いつの間にか疲れて寝ていた。子を連れて行くか迷ったけど、子の寝顔を見ながら、楽しそうでよかったなぁと安堵した。
そしてその翌日から、子に変化が起きた。

毎日、食い入る様にDVDを見る。注意するのもためらうくらいに真剣に、そして心から楽しんで。
今まで気付かなかったけれど、子の心の中で「好きな面白い人達」から、福岡ライブのその日から本当に「ファン」になったんだと思う。
ゴールデンボンバーに触れてからのこの4年で成長したのは、薬が上手く飲めるようになっただけではなく、身長が私を追い越そうとしているだけではなく、心もめちゃくちゃ成長していたんだとしみじみ思う。何かを伝えようとしている曲や詞の世界、楽しい時間を共有しているライブでのみんなの一体感とかを、子の心が感じ始めたのだと思う。

「お母さん、なんて書けばよかと?」
サンタから貰ったクリスマスプレゼントのミュージックプレーヤーで、福岡ライブのセットリストを聴きながら、子はファンレターを書こうとしていた。私は書いたら?など一言も言っていない。今までもライブへ行く時に書いてはいたけど、私が書くのを見て、じゃあ私もー!と言うノリでしかなかった。
「何てって…あんたが書きたい事を書けばよかたい」
「そいけん、何ば書いていいかわからんけん教えて!」

子は、自分自身でもわからない衝動に突き動かされている。何かを伝えたい。でも何で伝えたいのかわからない。何で手紙を書きたいのかわからない。ただ、大好きなゴールデンボンバーに、あの日の感動を伝えたいその一心で、だけど訳もわからず戸惑っている様だった。
「これこれこうで、ああしてこうして、こんな事を書けばいいんじゃない?」。こう教えてしまえば、子はその通りに書くだろう。でも絶対にそれはしたくなかった。子を突き動かしている衝動を、雑に掻き消してしまうような気がしてならなかったから。

「ボンバーに何か書きたい事があるからファンレター出したいとやろう?あんたが思った事をそのまま書けばよかとよ」
そう言った私に子は「うーん…わかった!」と言って、ゴソゴソと何かを取り出して、
「どれがいいと思う?これカワイイよねー!」
キラキラした顔で色んなデザインのレターセットを私に見せた。2人してあぁだこぉだ言って、子は1つデザインを選び、静かに手紙をしたため始めた。
しかもよく見ると子の耳には、いつの間に付けたのか、ライブのOP動画で喜矢武さんが着けていた物とほとんど同じデザインのイヤリングを着けて手紙を書いている。それは福岡ライブの後に、同じデザインのイヤリングを探して、自分のお年玉で買った物だった。ちゃんと下書きをしているらしく、何度も紙を変えて書き直したりしている。少しだけ内緒で読んでみたけど、まだ未完成だった。この子がどんな事を伝えるのか楽しみだなぁ。

【衝動】ってすごいな。自分にもわからない何かに突き動かされる。衝動って、何かを感じないと起こらないものの様な気がするから、子の中でどれ程の感情を揺さぶる事があったんだろう。本当に興味深いな。
インフルエンザで休んでいる間、子を支えたのは私の看病だけではないらしい。子が自分の枕元に持ち込んでいた物は、緑色に眩しく光る、衝動の始まりだった。月曜日からは親子で通常運転!だけどDVDざんまいの日々はまだしばらくは続きそうだなぁ。

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いった年 きた年

あぁ…もうお正月終わってる…。もう中旬だ…。やっぱり今年も時の流れは早いのね。ボサーっとしているつもりはないけど、してるんだろうなぁ、ボサーっと。
この時間の流れの早さを今年こそは変えなきゃ。勿体なく流してしまってはいけないんだ。自分のこの手から駄々漏れになっている時間を何とかすくい上げないと!
昔から時間のやりくりが本当に下手くそなんだよなぁ。いつも早起きしてるクセに、ちゃんと時間に余裕があるクセに、出掛けるのはバッタバタのギリギリとか、もう何十年繰り返せば気が済むのかねー。テキパキと機敏に時間を使いこなせる人にとても憧れる。どうやったら上手に時間を使える様になれるのだろう?死ぬまでにその答えは導き出せるかなぁ。
朝、出勤前に焼きたてのパン屋さんに寄ったり、休日は午前中にほぼ全ての家事を終え、午後はさっぱり片付けられた綺麗な部屋でのんびり過ごすとか。
世間の人が普通にしているだろう日常が、私にはとても眩しい。…とかグダグダ言ってみる。じゃあやれよってば。

さて、いった年。去年は色んな事がうねる様に動いた1年だったな。母の体調問題に社内異動、人間関係に対する自分の中での考え方の変化、人生初の握手会。そして過去の自分との対決開始。どれもこれもズシン!とくるものばかり。それぞれに形は違うけど。
せっかく日記書いてるんだから、振り返って読んで見るかぁ。


異動が決まった時期に書いたやつかな。まだ引き継ぎとかの段階でもない頃の日記。


自分と人との関わり方について思い立って書いた日記。私なりに【他人は他人・自分は自分】って本当の意味でわかり始めた気がする。


母の突然の体調悪化~劇的な快方!良くなった事が本当に奇跡のようだったな。でもそこに至るまで本当に辛かった!!勿論、本人が1番辛く苦しかったんだけど。そしてそれと同時進行だった、未知の世界について。そりゃ感情大渋滞になるよね…。


生まれて初めての握手会。いつも聴いている、楽しませてもらっているゴールデンボンバーのキリショーさんに対面すると言う、極限の未知の世界。こんな経験をする日が来るとは思いもしなかったから、何の予想も想像も出来なかったなぁ。本当に夢の様な1日の、感情が見事に散らかった日記。そりゃそうだよね!あんな時間はもう2度とないと思うもん。


過去の自分との対峙はまだ終わっていないから、これから少しずつ日記に整頓していこう。
もぐらの私、もう逃げんよ。とことん向き合ってやる。過去があるから現在があるんだ。


そして、きた年!
体調絶不調スタートだった2016年に比べれば、良い年末年始だったかな。しかも今年は例年とは遥かに異なるスタートを切ったし。

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こんな新年のスタート、幸せ過ぎた…!FCライブの時とは違って、子と一緒に行けたし、相方さん親子とも一緒だったし、楽しさが何万倍にも感じられたなぁ。頭上からキラキラと降り注ぐ金テープに手を伸ばして、この手に掴んだ瞬間を一生忘れないと思う。
私も子も。


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FCライブの時以上に、むくんで丸太っぷりの凄い私の足。偶然にも撮った場所はFCライブの時と同じだった。違うのは、季節と夜の寒さと1人じゃなかった事くらいかな。

楽しいスタートを切れた♬と思いきや、今朝、子がインフルエンザを発症した。楽しい事ばっかりじゃないんだな…。だけど、うなされるまでの苦しさは今の所はなく、高熱の間に間にほんの少しアイスを食べたり、水分を摂ったりして、その体の中で免疫力+イナビル VS ウイルスの壮絶な戦いをしている。
頑張れー!お母さんもインフルにやられない様に頑張って看病するから!

さぁ、今年はどんな1年になるだろう?それは自分次第なんだろうけど、とにかく健康で過ごさなきゃなぁ。体が元気だったら、何とか心は付いて来る気がするし。家族、友達、私の大好きな人達が何事もなく笑ってこの1年を過ごせます様に。
願わくば、おみくじの指す方へ。

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闇の底のもぐらの日々

はてなブログさんから、
「おいどんさん、お元気ですか?」
とメールが届き何事か?!と思ったら、前の更新から少し経っているお知らせだった。それと更新を勧める旨の内容だったから、ちょっとだけカチンとしちゃった。だって別にお金を貰っている訳じゃないし、ただの日記だし、仕事じゃないから更新ペースなんて自由にしていいじゃない!と思った。
毎日つけられるならつけてるさ。日記つけたくても簡単につけられなかったんだ。前の日記からこの日記までの間、重い自分と向き合っていたから。それも暗い暗いトンネルにうずくまる過去の自分と。大笑いしている楽しい時も、仕事をしている時も、真っ暗なトンネルの中にいる、過去の自分の気配を感じる。

ここ最近、それはそれは自分の奥底に潜って考える事が多くなっていた。何故かはわからないけど、過去の自分を許せず、いつになったらその憤りの様な感情をコントロール出来る様になるのかと。

何事もない様に、ごくごく平凡な道のりを歩んで来ましたよ!って言う、すました顔して大嘘つきめ。
そんな真っ当な人生送ってないくせに。
一生のうちの、かけがえのない約3年と言う日々。しかも20代前半の。そのかけがえのない日々を私は『ニート』として消費してしまった。そのろくでなしの頃の自分の影に、今まで怯えて生きて来たのだ。何をしても過る過去の自分にビクビクして生きて来た。もう呪縛と言っても言い過ぎじゃない。

私には謎のセンサーがあって、何かに深く悩んでいる時に、その悩みにまつわる鍵穴の鍵を見つけるのだ。そのタイミングがとにかく絶妙で、誰かが操作してんじゃないの?ってくらいの高感度センサー。そのセンサーで見つけた鍵は、偶然聴いた星野源の曲と、あるバンドのスタイリストさんのツイートだった。その2つが同じタイミングで私に投げかけてくれた事で、過去の自分に怯えている事から目を逸らさず、トラウマの日々を真っ直ぐ見つめてやろう!と決めたのだ。

専門学校卒業後、ちゃんと就職し社会人になった。
だけど人間性を疑うほど尊敬出来ない上司の下で働く事が、どうにも苦痛でしかなく、心底嫌う様になり、挙句の果てに上司と喧嘩して会社を辞めた。
若造が何様かよ!と今なら思えるけど、その若造時代の私には本当に辛かった。すぐに職探しをして次へと進むはずだった。新しい会社で働くはずだったのに。それから約3年間、ニートの若造になってしまうのだ。

あの約3年間。まるで命の無駄使いをしている様だった。毎日毎日、自分の気持ちをどう偽って過ごすか。家族の目を、周囲の目を気にしながら。世間体は気になるくせに、それでも社会へ出る事が恐怖だったあの頃。
自分は一体何をしているのか。何をしたいのか。どうしなきゃならないのか。どうなりたいのか。どうしてこうなったのか。なぜ動き出せないのか。自分はこの世界に必要ない、何の足しにもならない。

…クリスマス・イブになんちゅう日記をつけてんだ。
いつになったら書き終わるやら。今日と明日にかけて、子の為だけのサンタになるから、その隠密行動が終わったら続きを書こうっと。